バレンタインの日に〜志水桂一〜


























女子達にとってはとっても大事な日だった。

もちろん里佳も例外ではなく、前日までその準備に追われていた。

今年作ったものは毎年恒例のカプチーノトリュフだった。






「志水くん」


「あ・・・先輩・・・おはようございます」





そう言って志水はまたふらふらと倒れかける。

まだ朝だから眠いのは分かるが、ここまで凄いとこちらも大変だ。

だがそんなところが彼らしさで、には微笑ましかった。






「おはよ。 はい、これチョコだから溶けないうちに食べてね」


「あ・・・ありがとうございます」


「じゃ、今日も一日頑張って!」


「・・・はい・・・」






なんだかなんの色気も無い渡し方だったのだが、はこれで大満足。

こんなほのぼのとしたのが好きなのだから。

そう思いながら今日も学校の門をくぐる。

ひとつくぐった門の下、には満足できる生活が待っていた。






!」


「あ、おはよう!」


おはよ」





小さな小さな優しさが愛情が、には嬉しかった。

一方こちらは志水の状況。




先輩・・・」




いきなり渡されたチョコを見つつ考え事を始める。




先輩・・・なんでくれたんだろう・・・僕は何もしてないのに・・・)




それをたまたま見ていた人がいた。

その人は志水に近づいて優しく話しかけた。





「あれ? 志水君じゃない。おはよう」


「あ・・・柚木先輩・・・おはようございます・・・」


「ん? その手に持ってるのは…もしかしてチョコレートかい?」


「そう・・・みたい・・・です・・・」


「そっか、おめでとう。誰からもらった物なの?」


・・・先輩ですけど」






先輩』その言葉に、柚木は一瞬身を固くした。





「!? ・・・へぇ、さんから・・・か」


「はい・・・先輩からです」


「志水君は・・・さんにチョコを貰って、嬉しいんだ?」


「はぁ・・・そうなんでしょうか・・・」




そう言いながら、志水はもう一度考え始める。




(嬉しいのかな・・・でも物を貰って嬉しくないだなんて失礼だし・・・

 やっぱり嬉しいんだろうな・・・あとでお礼しておこうかな・・・)



「やっぱり・・・嬉しいんだと思います・・・あとでお礼します・・・」


「そうだね、それがいいよ」


「はい。じゃあ、僕はこれで失礼します・・・ありがとうございました・・・」


「うん、じゃあまたね」





この上なく優しい声で柚木はそう言い残して正門前から音楽科棟まで歩いていった。

ただ、一人になった柚木は小さく呟いた。



「チョコ・・・ねぇ・・・」



少し哀愁を帯びた声だった。


そして話は変わり志水は。






「お返し・・・」



今日中ずっとその単語を繰り返し言い続けていた。

さすがにおかしいと思った友達が少し心配していたが、結局耳を貸さないのであきらめていた。

同じコンクール出場者の冬海笙子も、志水を心配する友達の一人であった。




「あの・・・志水君・・・」


「ああ、冬海さん」


「あの・・・どうしたの・・・? 今日は少し変かなぁ・・・って思ってたんだけど・・・」


「そうだ、冬海さんって先輩の好きなもの知ってますか?」


先輩の好きなもの?」


「はい…実は今日、先輩からチョコを頂いて・・・お返ししようと思って」





チョコを貰ったということを聞いて、冬海は状況を把握した。

そして女らしく気丈に振舞う。




先輩の好きなものですね、分かりました・・・確か・・・」


「確か?」


「最近は小説が好きだって聞いたことはあります」


「小説・・・ですか・・・」


「はい・・・特に学園モノとか・・・・」


「そうですか、分かりました。ありがとう」


「い、いえ・・・私も先輩にはお世話になってますから・・・」







そう言いながら頬を赤く染めて俯いた。

そんな光景を無関心に見つつ、もはや頭の中ではのことを想っていた。





(小説が好きなんだ、先輩・・・)




ありきたりな考えではあるが、そんなきっかけから志水は思う。

のことをもっと知りたい、と。



今日の授業が終わった後、を探す。

自分が早ければエントランスで会える。

もし遅かったらしばらくあうことはできないかもしれない。

それでも気持ちのままがいるであろう場所を探した。










ふと、旋律が流れる。

それはとても優しく、気持ちが温かくなるような音で。





先輩・・・?」





普通であればそんなことは分からない。

だが志水には分かる。

この音の主はであることが。




そして必死に音を辿り、へと走る。





「先輩・・・?」





たどり着いたのは屋上。

志水が良く練習しに訪れる場所だ。




「あ、志水君!」


「えっと・・・あの・・・」


「ん? どうかしちゃった?」




は無邪気に志水を気遣っていた。

可愛らしく首を傾げて志水に問う。




「いえ・・・チョコ・・・ありがとうございました・・・」


「ん? チョコ? ああ、いいっていいって。私が好きであげたんだから」


「好きで・・・?」


「うん・・・まぁ・・・ね」





少し自嘲の笑みを浮かべ、は大人しくなった。

それを見かねた志水は逆に話しかける。





「好き・・・です」


「え?」


「先輩が。先輩が・・・どうなのかは知りませんが・・・」


「志水君・・・・・・・・・ありがとう・・・」


「あ、今度お返ししますね。チョコの」


「ありがとう・・・」


「大丈夫ですか?」


「うん。ありがとう」


「先輩は、『ありがとう』っていう言葉が好きなんですか?」






目に涙を浮かべながらは話す。

途切れ途切れでも伝えたかった想いだから。





「ううん・・・違うの。私もね・・・好きだから」


「僕が・・・?」


「もちろん・・・!」




「嬉しいです、僕も、すごく好きだから」






は急に笑顔になった。

そして志水はチェロを弾く繊細なその指での涙を拭き取る。




「先輩? たくさん泣くと・・・明日の朝困るってクラスメイトが言ってました」


「そっか・・・」


「だから泣かないで」


「うん」


「これからは、僕以外の人の前では・・・泣かないでください」













志水は先ほどの柚木より、ずっと優しく話す。





「敵は少ない方がいいですし・・・









「なにより先輩が泣くと・・・先輩が愛しくなるから・・・」




















「泣かないで」


















その言葉が発せられて。

でもはいっそう泣き止む気配が無くなって。


志水は自分よりも少しだけ背の低いを抱きしめた。








「今だけ・・・ですからね、先輩」
























あとがき

コルダバレンタインシリーズ続編のホワイトデーバージョンその1です。
志水君ってこんなキャラだったっけ?と思いながら書きました。
書くのが遅くてごめんなさい。次はホワイトデーまでに柚木様を間に合わせます。
またまた難しい柚木様にはいじめられようと思います(何
ちなみに明日はFF12のポーション発売日です(関係無い
2006,3/6
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