Kiss me #02


「ちゅーはできたんか?」
「「は?」」

いつものように仁王の発言にはぼう然としてしまう。
思わずお弁当の中身をどうにかしてしまいそうだ。
というのはもブン太も心の中で『こいつの頭は大丈夫か』と思いながら、
仁王の悩みなんて無さそうな顔を見るからであるが。

「赤也に口添えしておいたんじゃ」
「何、口添えって」
「お前さんがキスに恋しとるって伝えておいたぜよ」
「わぁお! 私変態みたい!」
「実際そうだろぃ」
「最近だけね!」

会話が途切れて一瞬不自然な沈黙が流れた。
が変態かもしれないという一大事にこの沈黙は彼女には耐えられなかったようだ。

「ちょーいちょい、もう一回詳しく教えて仁王」
「何を」
「赤也に何吹き込んだのか教えてちょーだい!」
「どうしようかの」
、お前には勝てねぇって」
「いーえ!この際全部吐いてもらいたいんだよね」
「そうムキになりなさんな」
「じゃあ教えてくれる?」
「仕方ないのう」

なぜか重要なことを話す前触れかのように、仁王は大きく息をついてから話し始めた。

「赤也にがキスに恋しとると言っといた」
「うんうん、とりあえず間違ってはいないよね。それで?」
「そんなんでいいのかお前は・・」
が恋しとるのはキスだけだと伝えた」
「うむ、で?」
「それだけじゃ」

しばらく沈黙が流れる。
当たり前か、そんな風にしたのは仁王のあたまがどうかしてるからだ。

「は?意味が分からないんだけど。 もしかしてめちゃめちゃ深い話すぎて理解できてないだけ?」
「そんなところかもしれんの」
「要するに、はキスにロマンを感じてて人との恋には恋してないんじゃろ」
「そう・・・だね」
「そのままじゃ。 が好きなのはキスだって話ぜよ」

ピンと来た。
なるほど、仁王は私が人を好きになる感情とキスは別の交わらない方向で考えてるって伝えたんだ。
たとえば昨日の紅茶が赤也の飲み残しで間接キスしたとしても、赤也にときめいたりするんじゃなく、
「キス」という言葉、行為にときめきを覚えてるだけだって。
まぁ、あれだけの仁王の言葉からそこまで赤也が読解できたのかは怪しいところだけど。

「確かにキスすることに恋してるのかもねー、過程とか前置きとか無視して」
「ん? よく分かんねぇんだけど」
「ブン太には大人の話だったかもしれんの」
「なんだよ、同い年だろぃ」

ふてくされたブン太を横目に、仁王の言葉について考えてみた。
そうなのかな、シチュエーションって大事じゃないかしら。

「だいたい私は好きでもない人とキスしようとするとこまで堕ちてはいないよ」
「さて、好きでもない人と好きな人の境界線はどこじゃ?」
「そこまで私を詮索してもしかたないでしょ! 乙女心は繊細なの!」

だんだん仁王の試すような言葉に腹が立ってきた。
仁王は私の友達だけど、そんな言い方されるとなんだか遠く感じるんですけど。
眉間に自然としわが寄っていたみたいだ。
眉と眉の間に仁王の指が止まった。

「何?」
「気分を害したならすまん」
「いまさらでしょ」
はどんなキスがしたいんじゃ?」
「いきなりだな! 俺もちょっと興味あるけど」
「うわぁお! ガールズトークみたいでときめいてきた!」
「ディープなのか??」
「ちょ、ブン太、そういう生々しい表現やめてよ」
「駄目なのかよぃ」
「シチュエーションにはこだわるんじゃろ?」

仁王の言ったシチュエーションという単語について少し考えたばかりだったので即答した。

「もちろん」
「女ってわかんねぇ」
「ガールズトーク台無しにしないでよ!」
「シチュエーションとか面倒じゃね?」
「ほう、ブン太はどこでもかまわんのか」
「ま、まぁその時の気持ち次第どこでもいいんじゃねぇの?」
「わー、ロマンが無い!」
「ロマンなんて事前に作っとくもんじゃねぇだろぃ」
「ちょっと正論っぽい」
「一本取られたのう、
「ブン太に負けるとかちょっと腹立つ」

ブン太がすぐに言い返してくるのは予想がついたから、
私はいつもの紅茶に口をつけてブン太の反撃をかわした。

「勝手にしろぃ」

それだけ言うとブン太は口を止めてようやく昼食の続きを始めた。
必然的に仁王と目が合った。

「愛は欲しいんじゃろ?」
「欲しいけどさぁ、街にはどんだけアベックがいるか分かんないのに私全然モテないんだよね」
「男前じゃからのう」
「やっぱり男の子目線だと男前はアウト?」
「そんなことなか」
「私に頼りたいひょろひょろした子しか寄ってこないんだもん」

仁王は少し考えるように目線を外した。
ペットボトルのお茶を一口飲むと、腕を組んで椅子の背にもたれた。
何か重大発表でもあるのだろうか。
そう身構えて仁王の表情をうかがう。
ペテン師の表情から気持ちを読み取るなんて不可能だって分かってるのにやってしまった。

「赤也なんかどうじゃ?」

ずっとご飯を食べていたブン太も動きが止まった。
少しにやっとしたような気もしたけど。
私は昨日の投げキッスをふと思い出した。

「なんで、赤也」
「なんじゃ、気付いておらんかったのか」

なんて思わせぶりな言葉なんだろうか。
それを赤也本人じゃなくて仁王が言う辺り性質が悪い。

「全く・・・ってわけじゃないよ」
「キスしたんか」
「してない!」
「じゃろうな」
「分かってるなら聞かないでよ」
「友達じゃろ?」
「赤也から貰った紅茶に口つけたぐらいかな」
「ほう」

仁王がそんなこと言うものだから、脳裏には昨日の赤也が映る。
キラキラした笑顔とチャーミングな投げキッス。
そして英語の辞書を抱えながら紅茶を持ってくる彼を。
確かに胸はときめいたよ!
それは認めるよ!
だってときめいちゃったんだから仕方ないじゃない。
誰もそのことを責めているわけでもないのに言い訳をする自分に混乱した。

「あーもう、いろいろ考えることができちゃったじゃない」
「俺のせいじゃないぜよ」
「はいはい、しばらくほっといて」
「やっぱり乙女心ってわかんねぇ」
「無理に理解しようとせんのが一番じゃ」

それきり2人は私の頭の中を自由にしてくれた。
何も外的に影響を受けないように。
授業の時間になって窓から外を見ると、そこにあるのは相変わらずテニスコート。
立海男子テニス部のファンだったらこれ以上の特等席はないんじゃないかと思うくらい綺麗に見渡せる。

今日は午後最初の授業は英語。
長文読解だった。
授業の半分は問題を解き、残りの時間で先生が解説をする。
「kiss」なんて単語、出てこないのは当然だけど、そんな長文が出てくる様子を想像してしまった。
キスが出てくる文章なんて、乙女心についての論文くらいかな。
一番前の席でプリント配布が始まった。
プリントが自分の手元に渡ったら辞書は30分弱おあずけになる。
そう考えたら思わず辞書を取り出していた。
「k」の欄に指を入れようとする。
なぜかが開こうとしたページには何かが挟まっているようで、
しおりのように入り込んだその何かの正体を暴こうとした。

【kiss】

一番に目についたのはこの文字。
どきっとした。
何かの魔法で見ざるを得ないようにされたように目に入ってきた。
次に見つけたのはノートの切れ端だった。
殴り書きのような雑な文字が散りばめられている。
その切れ端だけを取り出し、辞書を閉じた。

さん」

前に座る友達がプリントを渡してくれる。
ありがとうと添えて受け取る。
でもプリントに興味なんてなかった。
長ったらしい英文が並んでいるであろうプリントを裏返して、その上に紙切れを置いた。

文面を見て思った。
前言撤回だ。
赤也の口調そのままを文字にした簡単な手紙。
手紙と言うには小さいかもしれないけれど、私にとっては手紙以上かも。

『辞書ありがとうございました!
 紅茶は延滞料っス!』

仁王のせいで変に考えちゃう。
赤也は好きでもない人には入らない。
自然に口角が上がっていくのを止められないもん。
赤也とならキスしてもいい。

好きでもない人じゃないってことは好きな人ってことなんだろうか。
好きな人とキスしたいのは普通のことなんだから、キスしたい人が好きな人ってこと?
この場合にA=BならばB=Aが証明されてるのかなんて分からないけど、
そうなんじゃないかなって思った。

「・・・今度は投げ返してやる」

誰もいないテニスコートに向かってそう言い放つ。
そして裏返したプリントを表にして、また長文を読解する時間が始まった。










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あとがき
赤也が出てこなくてすみません;
なんだこれ、仲良し3人組のランチショーですかね(笑
ブン太がうまく会話に入れないのが申し訳ないです。精進します。

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