Kiss me #01


「あーーーー」

この上なくけだるい調子で机に伏せてそう言い放っているのは
立海大附属中3年。女子。成績は特に英語と国語が優秀な文系人間。
友人は多いものの、特に話していると楽しい相手と言えばテニス部の丸井ブン太と仁王雅治。
今日も昼休みということで、3人で食事をしながら会話に花を咲かせていたところ・・・・なのだが。

「どうしたんだよぃ」

普段と違って落ち着かない雰囲気のを最初は無視していたものの、
いい加減見るに見かねたブン太が声をかけた。
仁王は2人と境界線を引いて楽しそうに傍観している。
2人ともがかまってくれないので少々良い気分ではないが、はむくっと顔をあげた。

「ちゅーしたいちゅーしたいちゅーしたい!!」

真顔でそう言えば、ブン太は目を見開いてぽかんと口をあけていて、
仁王はさっきより楽しそうに声をあげて笑った。
こうなることを予想していたわけではないけれど、取り合ってもらえないような内容だったのだろうか。

「いいじゃん、ちゅーしたいんだもん」
「なんじゃ、発情期か」
「なるほど、良いたとえ方するよね仁王」
「ま、発情期にしてはピュアじゃのう」
「でしょ? 可愛いもんだよ」

そこで今まで呆気にとられていたブン太がようやく口をはさんだ。
もちろん顔は髪の色には及ばないが真っ赤といえるくらいに紅潮している。

「い、いきなりどうしたんだよぃ!」

勢い余って声を張り上げたせいか、少しの沈黙が流れたあとが理由を口にした。

「いやぁ、最近洋画にハマっててさ」
「ほう」
「おう」
「洋画ってやたらちゅっちゅするでしょ?」
「・・・・まあ、そうかもしれねぇけど」
「しかも情が深いというか、相手を深く思いやれるじゃない。
 今となっては欧米の観光客を見るたびにドキドキするんだよね」
「お前さん、留学しんしゃい」
「今の気分が2、3年続くんならしたいよ」
は欧米というよりオーストラリアがええかもしれんのう」
「やっぱり? この前柳に冗談で聞いたらオーストラリア系の顔してるって言われたんだよね!」
「予想通りじゃ」

またしても口を挟む間を逃したブン太が一生懸命タイミングを探している。
それに気付いたが助け舟を出した。

「ブン太なら私どこの国出身に見える??」
「ていうかよぉ、お前好きな奴とかいないわけ?」
「好きな人??」
「だいたいキスしたいから留学って馬鹿げてるだろぃ」

は吹き出して笑うと眉間に少しだけしわを寄せて腕を組んだ。

「いや、特にいないんだよね」
「ま、柳によれば確かにお前さんには浮いた話も無いそうじゃ」
「うわぁ、私が言うより説得力があるし!」

会話に一区切りついたところで、教室のドアが勢いよく開けられた。
その音につられてドアの方を見ると、その近くにある時計に目が向かった。
そういえば時間は昼休み終了まであと5分なんだった。

「先輩!」

時計に気を取られていると視界にはくねくねとした黒髪を揺らして可愛い後輩がいるではありませんか。
ここが3年生の教室であることなどお構いなしに、極上の笑顔でこちらに向かってくる。

「どうしたんじゃ、赤也」
「また忘れ物か??」
「すんません、先輩達!どうか英語の辞書を貸してくれませんか!」
「あはは、真田に内緒で貸して欲しいんだー」
「そうなんスよ! 俺の学年の奴らはどうも信用できないんで」
「誰か持ってる?」

テニス部の仲間であるブン太と仁王が貸すとばかり思っていたはそう言うが。
2人とも黙ったままの方を見ている。
もしかしたら何かの策に仁王がをひっかけようとしているのか。
少し考えてみても、赤也の澄んだ瞳にハートをずっきゅんされてしまっては断ることもできなかった。

「仕方ないなぁ・・・じゃあ、次の休み時間に返してね」
「ホントですか!? ありがとうございます!」

そう言うとは辞書を取りに自分のロッカーへ向かった。
重みのある紙の辞書を赤也に渡すと、彼は満面の笑顔で礼を言って去って行った。















昼休み明けの授業は歴史。
大好きな幕末の大筋をノートに書き写すと、ちょうどチャイムが鳴った。
鏡を取り出して少しだけ髪を整えた。
机の上にある教材は全て片づけて赤也が来るのを待つ。

「あれ?」
「どうしたんじゃ、赤也のやつ」
、騙されたんじゃね?」
「嘘! 赤也はそんなことできる子じゃないって」

赤也ならきっと約束は守ってくれると思っていた。
特にこの時間に返ってこなくても支障はないのだが、少しわがままを言ってみたかったのだ。
アメリカのドラマにあるような、ちょっとわがままな女の子と温かい笑顔の男の子の恋を想像しながら。
そう簡単にうまくいくわけでもないようだ。
なんと。これが日本か。

「まあ困ることないし、気長に待つわ」
「俺も部活の時に催促しとくから」
「ブン太ありがとう!」

大げさにそう言って次の授業の準備をする。
最後にの苦手な数学を乗り越えたら、ついに放課後だ。
今日の寄り道をどうするかと窓の外を見ながら妄想にふけってみる。
カフェラテ片手に読書なんていうおしゃれすぎる放課後も素敵かもしれない。
いや、せっかくだしちょっと良い紅茶を母ちゃんに頼んで淹れてもらってもいいかも。
うわぁ、そんなこと考えたせいでいつものパックのストレートティー飲みたくなってきたじゃないか。
春というには暑いのだろうか、葉桜を見るのにも慣れてきたものだ。
誰もいないテニスコートを眺めているとチャイムが鳴った。
日直の声であいさつをすると、教室は一気にざわざわと騒がしくなった。

「終わった!!!」

背伸びをしたら鞄に教材やらなんやらを詰め込む。
合皮製のサブバッグの中へ最後にペンケースを入れた。
少し心もとない気がして鞄の中をのぞいた。

「どうしたんだよぃ?」
「なんか鞄軽くない?」
「そんなもんは置き勉しないから気になるんだっつの」
「まぁ、そうかもしれないんだけど!」

そんな会話も仁王の一言で強制終了となった。

「お前さん、赤也から辞書返って来とらんじゃろ」
「「あ、そうだった」」
「なんじゃ、忘れとったんか」
「完全に忘れてたよねー。うっかりしちゃった」
「『うっかり』って言っておけば何でも許されると思ってるだろ
「うっかりって可愛いもんね」
「そうか?」

鞄の謎が解けたところで帰りのSHRというものが始まるのだった。
担任と委員会などから簡単な連絡があるのだが、のクラスの担任は要領が良いというかなんというか。
SHRはものの5分もかからないうちに終わるのが恒例となっている。

「じゃあまた明日! 起立、礼」
「お疲れ様です!」

今日一番のテンションでそう言うと、担任は教室のドアを開けて出て行った。
その時なにかワカメのようなものが見えた気がした。

「先輩!」

いや、気のせいではなかった。
こんな極上の笑顔で自分に向かって走ってくる後輩なんて彼以外にいるだろうか。
もちろん彼の片手には英語の辞書が抱えられていた。

「赤也!」
「遅れてすんません!」
「大丈夫大丈夫、言うほど困ることないから」

冗談めかして言うと、赤也は抱えていた辞書を差出した。
それと、午後の妄想に出てきたパックのストレートティー。

「これ、いいの?」
「もちろんっスよ! じゃ、俺これから真田副部長に呼ばれてるんで!」
「あ、ありがとね!」
「気にしないでください!」
「頑張ってねー!いってらっしゃい!」

もはや赤也の姉か恋人か母なのか、身内の気分で見送る。
薄情なブン太と仁王はさっさと部活へ行ってしまったようだ。
先ほどまでは誰もいなかったテニスコート付近には2人の姿と、練習を見に来る女子の包囲網があった。

「わーお」

自分の席に座って辞書を鞄の中へ入れる。
西日が強まってきた教室の中で、ぼんやりとテニスコートを見ていた。
一人、また一人と男子テニス部員が集まってくる。

あ、赤也だ。
一人だけ制服のまま全力で部室へと走っていく。
相変わらず可愛らしい後輩だなんて思いつつ姿を目で追う。
部室へ滑り込んだのを確認すると、窓辺に寄りかかって赤也がくれたパックを開けてストローをさした。
それとほぼ同時に赤也は部室から出てきた。レギュラージャージに着替えたようだ。

ふと赤也と視線がぶつかった。
まさか目が合うなんて思わなくて、激しく心臓が動き出した。
それが緊張からなのか、ときめきからなのかは分からない。
赤也は全身を使って大きく手を振ると、くしゃっとした笑いとともに片手で口を覆った。
一瞬でそれをに向けて放つと、すぐに向きを変えてテニスコートへ走って行った。

「っ!!」

心臓が大きく跳ねて、その場にしゃがみこんだ。
誰もいない、西日で橙色に染まった教室で、机の影に隠れながら。

「まったく・・・・チャーミングすぎだって・・」

はそう呟くと、紙パックに不安定にさしてあるストローに口をつけた。











→NEXT

あとがき
お久しぶりです(笑
洋画の見過ぎで唐突にちゅーしたくなったので書かせていただきました。
あ、もちろん今回はノープランじゃなくて企画書を書いておきましたので!なんとかなると思います!
テニプリは相変わらず何年も好きなのですが、学校でどんな風に王子様たちが生活しているのか・・・
あんまりしっかり覚えていないかもしれませんが、リハビリしていきますのでよろしくお願いいたします!

BACK