初夢
もうほとんど太陽と月が入れ替わって、外には満面の星と凛とたたずんでいる月。
そんな状況の中、は話した。
「あのね、敦盛さん」
そうが敦盛に話しかけると、少しだけ照れくさそうにこちらを向いた。
「どうしたのだ、神子」
「敦盛さんは今年もう夢見ましたか?」
「・・・・・・夢・・・? いいや、まだ見ていないが・・・何かあるのか?」
「私達のいた世界では、新しい年になってから初めて見た夢には意味があるんです」
は敦盛にそう聞かせた。
そして今日は1月1日。
元旦だ。
今までなら、新年をいちいち祝ってられるような時間も無かったのだが。
「それは…もしかして、初夢の話ですか?」
ふと話しかけてきたのは弁慶。
後ろには譲も一緒に居た。
「ああ、初夢ですか。 一富士 二鷹 三茄子ですよね」
「そうそう! 譲君はもう初夢見たの?」
「いえ、まだ見てませんよ」
「そっか・・・」
は期待が外れたからか、いつもの元気が少し失せる。
だがここにいるのは神子を守る八葉だ。
もちろんには笑っていて欲しい、と。全員そう思っていた。
「あ、でも夢というのは熟睡していないと見ることができませんからね。
疲れが取れたら、皆さん初夢がみられるでしょうね」
「そっか! レム睡眠だね!」
迷宮へと入り込んでいたの心の中も、こんな小さな一言で抜け出せる。
弁慶の話だと、要するにまだ皆疲れているのだという。
なら休めばいいのではないか、と。
はそう思った。
「う〜ん・・・、そうだ。 ちょっと九郎さんの所に行ってくるね!」
「あ、神子!」
「はいっ、なんですか?」
「あの・・・ありがとう」
そう感謝する敦盛の顔はいつも綺麗だと思った。
むしろ可愛いとでもいえるくらいに。
は敦盛に感謝されると、一体どれくらい充実感があるのか。
だからは敦盛の笑った顔が、本人は非難していたあの性格が好きだった。
「どういたしまして」
こちらも満面の笑みで対応し、九郎のいる場所へと向かった。
彼は、たまたま梶原邸へ来ていて、その中の一室で景時と話をしていた。
が近づくとこちらに気づいて。
「か? どうしたんだ」
「あの・・・九郎さん。 真面目に聞いて下さいね。
もう少しだけ京にいるって・・・はどうですか? 皆疲れてるんだし」
九郎に会いに来たかと思えばこんな内容。
でもにとっては皆の笑った顔を見ることができる。
何よりもすっきりした気分で最高のコンディションでいるのが一番だ。
そう考えて。
用件をぶつられけた九郎はいつもと同じ表情のまま黙って、
笑った。
「それは良かった。
実は俺も京の警護の状況がまだまだ改善し足りなくてな。
全く同じことを申し出にここまで来たんだ。
じゃあ、ゆっくり休んでくれ」
「ちゃんもさ、せっかく新年明けたんだし、のんびりしたいでしょ。
皆もまだ毎日眠そうにしてるしね」
「いいの!?
ありがとう!」
そのままは敦盛のいる部屋まで気分良くスキップをしながら向かった。
「わっ!」
途中、いきなり廊下を滑る。
靴下を履いていたせいで、さらに加速してしまう。
「わわわっ!」
廊下にぶつかる・・・・・・・・・あれ?
が倒れこんだのではなく、目の前にはいかにも貴族っぽい羽織を着ている青年。
やはり走ったスピードは速くて。
普通に抱きとめることができるわけも無く、その彼を押し倒してしまった。
「・・・敦盛さん?」
「み、神子っ 大丈夫なのか!?」
「あ・・・・・・・・・あっ!!!
ありがとうございます、ついノリノリで突っ込んじゃって…」
「いや、」
そういいつつを抱いて二人は起き上がる。
「神子が無傷なら・・・それで・・・」
「ありがとうございます・・・」
いつも思う。
こんなふうに後ろ向きな彼が愛しい、と。
後ろ向きでも言いたいことははっきり言えて、誰よりもを見てくれる。
のすることもほとんど分かっていて、いつも助けてくれること。
日常の中で、ちょっとしたことでも喜べる。
それは幸せだと思う。
「神子・・・あの、」
「どうしました?」
「初夢、見れるといいな」
「ですね!」
もう時間で言うと8時ごろだろうか。
実際、京という世界には時計というものが無くて不便だが。
「じゃ、私もう寝て初夢見ますね。
敦盛さんも、いい夢がみられますように・・・
おやすみなさい」
「おやすみなさい・・・」
想いも何も告げずに深夜は訪れる。
(はぁ〜あ・・・結局敦盛さんに何も言えなかった〜っ)
そう反省した頃。
どこかで聞いた、笛の音が夜に響く。
敦盛さんだ。
今さっきずっと想っていた人の笛の音が聞こえて。
想いはいっそう募って。
「・・・・・・・・・っ!」
耐え切れずに、は部屋を出て敦盛を探した。
この寒いのに、体が冷えていく感覚は無い。
ただ真夜中に、音だけを頼りに彼を探す。
「・・・敦盛さん・・・」
彼が居たのは庭だった。
初めて彼に逢った場所、初めて彼と話した場所。
ここで彼をかくまって、再会したときには本当に生きていてくれたことが嬉しくて。
そんな過去を探りながら彼の側にしゃがむ。
「神子・・・」
「こんばんわ、敦盛さん」
「どうしたんだ、こんな夜中に」
「それは敦盛さんもでしょう」
笛の余韻がまだ漂っている。
ただ…と言いかけて敦盛はの方へ向き直る。
さっきまであれほどドキドキしていた心も、今は安心感で落ち着いていた。
「ただ・・・あなたが好きだと言ってくれた笛を・・・奏でたくなって」
「うん」
「夜中だから・・・迷惑だとは思ったのだが・・・」
「私もそうなんですよ」
敦盛は久しぶりに驚いて見せた。
少し頬を赤く染めながらを見つめて。
「私も敦盛さんに会いたくなって・・・
夜中だから、迷惑かなって思ったんだけど」
「神子・・・」
「私、敦盛さんが好きです。 本当に。」
「私も・・・
私に・・・もし・・・許されるのなら・・・」
「うん、私は敦盛さんには何でも言っていい権利があると思う」
「私も・・・同じ気持ちでいる・・・
私は、あなたのことが好きなんだ」
「ふふっ
なんだか嬉しいね・・・
これ、夢なのかな・・・」
「私も、そうなのかと思った。
まさか・・・こんな時間にあなたが来てくれるなど・・・
初夢なのかと・・・」
「正夢って。
そう言うんじゃないですか?」
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