A happy time common
時はすでに6月。
いやぁ〜さすがに暑いね、とのんきにあくびをしながら少し高価な日焼け止めの説明を眺める少女、が1人。
そしてその後ろには回りを数人の女子生徒に囲まれてこの暑いのに涼しく微笑み続ける青年、柚木梓馬が1人。
この2人が実は、星奏学院3年の中でも有名な『王子とそのいとこ』であった。
というのもご両人が幼馴染なだけであるが。
そんな中、異常なまでにテンションの高い火原和樹は満面の笑顔でメモ帳を片手にへと押しかける。
「ちゃーん!」
「はいはい、何すか?」
「夏休みなんだけどさ、花火大会一緒に行かない?ねっ、みんなで行こうよ!」
「みんなって誰?」
気づかないうちに抽象的な台詞を口に出していたことに火原は気づく。
だがまともに答えることができずどもった。
「えっとね、おれと・・・柚木と・・・あと・・・あれ・・・?」
頬を赤く染めて照れる火原がおかしかったのではついに笑いをこらえきれなくなった。
「あははっ、分かった分かった。私も行くよ」
「ホント!? じゃあちゃん追加ね〜! ありがと!」
にそれだけ聞くと、火原は全力で『柚木〜!』と叫びながらひとつ後ろの席に走る。
ちょっとだけ姉になった気分で可愛らしいなぁと考えていると、後ろから何故か氷の如く冷ややかな視線を感じた。
「和樹ーっ!!!」
「ど、どしたの!?」
「いえ、いえいえ、いえいえ。ちょっと・・・ね・・・」
さすがのも背後からの攻撃には弱いようだ。
まともにクリティカルヒットを食らったらダメージは通常の3倍ではないかと思うくらいだ(意味分かりずらくてすみません
とにもかくにもこのような日常が起こっていたのは6限目。
まさにSHRの始まる直前の出来事だったので、今は各人とりあえず下校という時間帯になっている。
ちなみに彼らがいるのは屋上の一角である。
「なぁ」
女生徒達に微笑みかけていた笑顔とはまた違った笑い方で微笑み、声を掛けてきた輩がいた。
そりゃあもちろんといった成り行きでは『何?柚木?』と言ってみる。
「花火・・・お前も行くのか?」
「そりゃあ和樹があんなに楽しそうに話しかけてくるんだもん」
「なんで火原の頼みにはすぐになびくんだよ?」
問い詰める口調での前科を柚木は淡々と述べていく。
「去年は花火に行っても俺と一言も喋らなかったよな?」
「ごもっともでございます」
「クリスマスにも一緒に出かけたのに一人でウィンドウショッピングだったよな?」
「Yes Boss.」
「それに・・・」
4つ目の前科に突入しようとしていたのでが言い訳を考えている。
だがいい案を思いついたかと思うとの背中には既に壁があり、
柚木はの左右に手を付くと前科を再び暴露し出した。
「バレンタイン・・・なんでチョコくれなかったんだよ?」
「・・・欲しかった?」
「愚問だな、俺にそんなこと言わせたいのか?」
「あはは〜」
「まぁ・・・欲しかった」
「・・・そっか。ごめんね」
さすがに雰囲気が悪くなったので少しの間沈黙が続く。
も反論をしようとするが壁際に追い詰められた状態では言葉によっては大変な誤解を受けそうで。
柚木はの言った言葉を良く考えてからではないとまともな返事が返せない状況で。
「ふふっ・・・」
急に柚木が『完璧』な柚木へと変化したので、は驚きに首をすくめた。
「じゃあさ、花火大会に期待してるからな」
「・・・え?」
「楽しませてくれるよな?」
最後に付け足すように唱えた名前は気が狂いそうになるくらい甘い声で。
言葉の真意はつかめないまま。
そして柚木は階段を下りて行き、自分の車に乗り、を置いて下校していった。
最後に目が合った時の憂いを含んだ顔がやけに印象的で
音楽科棟の奥にある練習室からこぼれる誰かのフルートの音がの心に染み入った。
心地よい程度に暖かい風が吹いて、誰も居ない正門に向かっていった。
(気にしてても・・・仕方ないよ)
そう自分に言い聞かせて教室へ荷物を取りに向かう。
私と柚木の関係。
それはとても不確かなものだったから。
お互いが異性として意識し始めていたのはもう3年も前のことだし、
俗に言う『両想い』であっても友人という関係を壊したくなくて、柚木に言葉を告げる自信も無くて。
そうこうしたまま3年の月日が経過していった。
2人とも告白されようがことごとく断って、互いに互いの想いがすれ違わないで出会うことを願いながら。
それがすごく幸せだったんだよ?
妙にドキドキしてたんだから。『友達』にチョコあげるだけなのに。
それでも誕生日にはプレゼントも渡す。
バレンタインデーにはチョコも渡す。
だけどあの日はね、渡す時間も無かったんだよ。
それにどこかで線を引かないと。いつまでたってもこのままなんてしょうがないんだよ。
わがままで悪かったとは思ってるんだよ、でも柚木は優しいから・・・甘えちゃったんだ。きっと。
平凡な女子生徒の私と、女子生徒の誰もが憧れる柚木はどう考えてもつりあわないよ。
「・・・っ・・・・・・・・・ご・・・めん・・・・・・ね・・・っ」
不意にへと妙な孤独感が襲い掛かる。
(やっぱり柚木がいないと駄目だなぁ・・・私・・・)
「よっと」
教室の入り口を平凡な手つきで開く。
もう誰もいない教室に差し込む夕日の光が、柚木との席を格別明るくしているような気がした。
「・・・そんな・・・ね」
まさか、といった具合で自分の座席に座る。
特に悲しいことなんか1つも無いはずなのに、彼が寂しい顔をしていると全てが自分のせいだと感じる。
毎日あんなに本心を隠して人と接するなんて辛いに決まってるのに。
優しいからそんなこともできるんだね、柚木。
それからしばらく、はその場にたたずんだ。
「どしたの?ちゃん」
一番他人には見られたくない。
まさにそんな時に声を掛けてくれる人は柚木なんて勝手な思い込みで。
もちろん帰宅した柚木がこんな場所にいるはずは無くて。
「・・・泣いてる・・・?」
「・・・っ・・・・・・」
「どこか痛いの?」
限りなく優しい声で自分を気遣ってくれる。
それは火原で。
「ちがっ・・・!違うの・・・・・・違うよ、」
言葉がうまく発せられなくて。
は代わりに首を思いっきり横に振った。
「でも泣いてるじゃない。おれ、こんなちゃんはほっとけないよ」
そういうと火原は首に掛けていたスポーツタオルをに差し出す。
なんだか泣いてるのに。
そんなに優しくされるともっと涙が止まらなくなる。
「ちょっと待ってて!!」
ありったけの理性と腹筋を使って涙をこらえてしゃがみ、タオルで涙をぬぐう。
そして真正面から火原を見据える。
「ありがとね、和樹」
「でも、まだ悲しい顔してるよ。
ちゃんの思ってることとか・・・辛いこと、おれに話してみようよ。きっとすごく楽になるよ」
「・・・・・・優しいね」
「え、おれ?おれはそんなイイ奴じゃないよっ!?」
「あははっ・・・いいなぁ、和樹は」
照れくさそうに頭をかくと、の隣に椅子を持ってきて座る。
「どしたの?」
「なんでもないよ。大丈夫!」
「大丈夫じゃないよ、まだ泣いてるじゃない」
そんな優しさが、更に涙を誘う。
「柚木の・・・」
「うん」
「誕生日が・・・明日で・・・」
「ああ、そうだったね!」
「なんにしようかなぁ〜って」
「そんなことで悩んで泣いてたの!?」
優しいから、もう甘えたくないの。
柚木はもちろん、和樹にも。
「だってさっきバレンタインにチョコあげなかったこと相当根に持ってるみたいで」
「柚木が!?」
こんな言い訳してる自分がいやになる。
「うん・・・」
「じゃあチョコあげないとね!」
「そう・・・だね」
「柚木はもらったチョコはちゃんと責任もって管理してるみたいだから何でもいいと思うよ!」
「うん、ありがとう・・・ごめんね、私もう帰らなきゃ」
和樹を振り切って、家に駆ける。
あんなに気遣ってくれたのに。
最低な女だね、私は
「おはよう、みんな」
座席に座って溜めていた宿題をする。
入り口から聞こえる柚木の声に胸が熱くなっていて。
「」
机の前まで来てるって、自分でも分かってて。
分かってるのに
「?」
「おはよ、柚木」
挨拶が、精一杯。
妙に印象的だったあの顔を思い出すと、今までの3年間の思い出が。
全部フラッシュバックしたように鮮明に思い出されてて。
忘れかけていた『愛しい』という強い気持ちまで思い出されちゃったから、こんなに辛いんだね、きっと。
そしては泣きそうな、寂しげな顔を綺麗な笑顔へと変えて見せた。
「誕生日おめでとう」
「なんだ、お前覚えてたんだな」
素に戻った彼の遠慮の無い声は、すごく、懐かしかった。
1日が終わり、屋上で反省を始める。
まず、和樹にお礼を言って。
柚木に
ちゃんと話して。
花火も一緒に行こう。
「ゆーのきっ!」
このテンションは、彼が高校では迷惑になると思って凍らせていたもの。
でも私の持ってる後ろめたいことなんて、もう小さいことだから。
「これ、誕生日プレゼントと渡しそびれたチョコレート」
「…急にどうしたんだ?」
「別に、もうじれったいのは卒業したから。とりあえず今日、一緒に帰ろうよ」
時はすでに7月。
いやぁ〜さすがに暑いね、とのんきにあくびをしながら大好きな人を眺める少女、が1人。
そしてその後ろにも愛しい人を眺めて微笑み続ける青年、柚木梓馬が1人。
この2人が実は、星奏学院3年の中でも有名な『王子と姫』になった。
fin.
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