副流煙






















咳き込んだまま、は自分の意識を手放す。


だが、本人からしたらこれは仕方の無い現象なのであろう。


うっすら鈴の音と白龍の声が聞こえる。


そしては自分の意識に抗い、かすかな声を発していた。













「皆さん・・・先に・・・・・・食べてて下さい・・・」











そして一人で店を飛び出す。


まるで逃げるかのように急いでその場を立ち去り、店の扉を開いて出て行く。


先ほどと同じように目は潤んでいて。


呼吸も荒く、そのまましゃがんでしまう。











「ゴホッ、ゴホッ!」









いったいどれだけ経ったのだろうか。


ちょっとした2分間でも、には10分くらいは経っているような、そんな感じがした。


は邪魔だと思ったのか人気の無い芝生の丘まで走った。









「ここまで来れば・・・大丈夫だよね・・・」



「何がですか?」



「聞いて・・・くれるんですか?」











後ろに居たのは八戒で。


もちろん神子として、八戒が後ろに居たことは理解していた。


それでもいきなり話しかけられると驚くもので、一瞬だけ反応しきれなかった。







「もちろんです」






ゆっくり後ろを振り向くと、八戒は困ったように顔を歪ませていた。


罪悪感を感じても逆に脈が速くなる。









「私、私はっ、ゴホッ」







だんだん落ち着いてきたとはいえ、まだその現象は止まったわけでもなく。


それでも人に迷惑をかけまいと、はなお話す。








「落ち着いて、手を貸して下さい」







まともに話すことすらできないは、言われるまま自分の手を差し出す。


すると八戒はそれを握り、彼自身の気をに送ったのだった。


(そっか、八戒さんは気功法で戦ってたんだよね)


もはや薄れている過去の記憶から現状を判断する。











「これで話せますか?」



「ありがとうございます。

 あ、そんなに心配しないでください、ただのアレルギーですから」



「アレルギー・・・ですか?」



「はい、名前で言っちゃうと、『副流煙アレルギー』です。

 いわゆる煙草の副流煙に含まれている成分に対してアレルギー反応を示しちゃうんです、私の体の機関は。

 長時間・・・・・・だいたい30分も続けて体内に取り入れたら内臓から出血ですね」



「副流煙の・・・・・・アレルギーですか・・・やっぱり」









少しだけ考えたような仕草を見せた後、八戒はその説明に対して推論を述べる。


三蔵が煙草を吸ってすぐにの様態が急変したこと、今いるこの場所が芝生であること。


その現象のたどり着いた真実は、アレルギーであったと。








「そういうことですか?」



「・・・はい。

 ごめんなさい、迷惑掛けちゃって・・・八戒さんも私のせいでまだご飯食べれてないですし・・・」



「気にしないでください、こんなことはしょっちゅうです。

 むしろさん、貴方がこれからは厳しいでしょうね・・・」



「あの、私、三蔵さんと悟浄さんが煙草好きだってことは知ってて・・・でも私の都合で人の自由を制限なんてできないですし・・・

 やっぱり一緒に居ない方が・・・皆さんにとってはメリットがあるんじゃ・・・」



「はぁ・・・」








さすがに八戒もここまで言われると頭を抱えた。


ちょっと極端な言い方ではあるが、事実でもある。


だが八戒はせっかく一緒に旅ができることになったを手放すつもりは毛頭無くて。








さん、煙草の件は大丈夫です。僕がなんとかしますから。

 それよりも貴方はこれから僕らと一緒に旅に出るんですから、まずは食べましょう」



「・・・すみません・・・」







確かに自分でも言い過ぎたとは思った。


だから八戒に批難されようが仕方の無いことなのだろうとは思った。


それでも今まで、何年か前の記憶ではあるが『最遊記』が好きだった自分がどこかに存在して、


『一緒に旅をしたい』と思った記憶だって、友達と歓声を上げて喜んだ記憶だってまだ残っている。


こんなピンチでさえ助けてくれる八戒は本当に優しい人なんだ、と。


心からそう思った。





八戒尊敬ポイント+15













「いいんですよ、あともう一つ」



「何ですか?」



「尊敬語、丁寧語、謙譲語及びマイナス思考は禁止ですよ、さん。

 あと、僕の名前は『八戒』ですからね?

 じゃ、行きましょうか」



「・・・分かりました」










少し強引な、人を気遣うそんな精神がには嬉しかった。


ただ、最後の一言が気になった。


自分は、『八戒』という名前で呼んでいなかったのだろうか。











「あの、八戒さん」



「八戒です」



「え? だから八戒さんって・・・」



「貴方の言ってるのは『八戒さん』ですよ、僕は『八戒』です」



「八戒・・・?」



「そう、僕のことは僕の名前で呼んでくださいね、















そう。


展開というものはいつも突然で。


落ち着いた頃に大きな波や嵐がやってくるように。


毎回驚かされて、どんどん気持ちも高ぶっていく。
















「あッ、!!」







誰よりも勢い良くの元へ走ってきたのはやっぱり悟空だった。


テーブル一杯にあった品を、まだ残っているにもかかわらずそっちのけでこちらに寄ってくる。








「大丈夫だったのか?」



「うん、きっと大丈夫だと思う」



「きっと・・・? まぁいいや、俺そういうのよくわかんないしさ!

 とにかく食おうぜ、腹へって動けなかったらさ、俺達何もできないんだからさッ!」







そんなことになるのはお前だけだ、と憎まれ口を叩きながら悟浄も入り口に立っているに近づこうとしたが。


それを八戒の手が拒んだ。






「なんだよ、八戒」



「チェックです」






いつもより何か裏があるかのような真剣な顔つきで悟浄に応答し、問いかける。


『さっきから今までに煙草なんて吸ってませんよね?』と。


しかも有無を言わせない笑顔で。








「いえ、一度たりとも吸ってはおりません」



「そうですか、ならいいですよ」



「ありがたきお言葉にございます」






悟浄らしからぬ片言の謙譲語で会話を交わし、に話しかけた。







「で、ちゃん、大丈夫なの?

 なんだったらオニーサンがなぐさめてあげるぜ?」



「いえ・・・きっと大丈夫ですから、ご心配をお掛けして・・・ごめんなさい」



「いいっていいって! ちゃんに掛けられるご心配なんてサルの面倒より軽いぜ」



「ふふ・・・あははっ、あははっ!」










先ほどまではあんなに落ち込んでいたがいきなり笑い出す。


こんな状況は今まで無くて。


の笑った顔。


見るのは4人の中でも全員が初めてで。


からしても学校の帰りに観ちゃんに会ってから、久しぶりに笑った気がする。











「なぁ〜んだ、ちゃんってば笑えンじゃん。

 そっちの方がいいぜ?」



「そだな!」



「元はといえば、を落ち込ませたのは僕らですしね」










八戒はそう言ってウインクしてみせた。


は八戒の新しい一面を見た気がした。











「いいからさっさと食え」



「いいんですか?」



「てめぇにくたばられると俺の仕事の負担になる」



「ありがとうございます!」



「ふん・・・」




















今現在のはこんな状態で。


とてもじゃないが三蔵一行の一員として桃源郷を駆けるほどの力は無いのかもしれない。


だけど同じ今現在、


4人と1人の関係を見てみれば、共に旅をしていくことにも希望があふれてくる。

















「なに?」



「これでの問題は全部解決ですか?」



「うん!」



「そうですか、良かった」

























外へ出ると、オレンジ色の太陽が行く先の西を照らしていた。
























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あとがき

副流煙アレルギー…
こんなアレルギーって本当にあるんでしょうかね…?
ここも深く突っ込まないで読んでいただいて結構ですよ。ありがとうございます。

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