肩に掛けられた大きなコート
「おはよう」
「よっ」
そんな一言から始まるの一日。
いつもならそうだった。
でもついこの間まで、の周りでは戦っている人が居て、皆傷ついて。
死に物狂いで戦ったという記憶が鮮明に映っている。
だから彼が、今、こうして何事も無かったかのように明るく振舞っていることが理解しがたい。
あんなに苦しい想いをして、こんなに想い合って。
龍神は。
少しだけ残酷だな・・・・・・そう思った。
「どうしたんだ? お前、今日元気無いんじゃねぇか?」
もちろんこの幼馴染。
有川将臣も一緒に違う時空へと跳んでいたのだから。
その事実は更にを迷宮へと突き落とすようで、なんだかやりきれない気分で。
だが、せっかく現代に戻ってらこれたんだから、楽しまないと皆に怒られてしまうだろう。
そんな絵空事を事実のように受け止め、の一日は始まる。
「そんなことないよ?」
「そうか・・・? ま、本人がそういうなら大丈夫だろ。な?」
「そうだね」
は将臣といつもと同じような世間話に花を咲かせている。
だがいつもは居るはずの人が居なかった。
有川譲。
彼もまた、騒乱の時代をと戦い抜いた幼馴染だった。
「あれ? 将臣君。譲君はどうしたの?」
「ん? あいつは今日は寝込んでるんだよ」
「ええっ?! それって大変じゃない! 大丈夫なの?」
「ああ。あいつのことだからな。明日にでも良くなるだろ」
相変わらず無責任な発言ばかりする。
だがその『相変わらず』は、にとっても将臣を近くに感じられる態度だった。
むしろそれがなければこの平穏な日常も崩れていってしまうのだろう。
「そっか。じゃあ帰りにお見舞いに行ってみようかな」
「そうだな。あいつ死ぬほど喜びそうだな」
「それは少し大げさだよ」
その時二人の視界にはたくさんの鮮やかな紅葉が舞い落ちた。
この現代の鎌倉でこんなに美しい紅葉がみられるのだろうか。
まるで京で見たように形の整った、鮮やかな紅葉だった。
「なぁ、もしかして学校行ったら掃除させられたりしてな。
勘弁してくれよ・・・・・・」
一人でマイナス思考に陥っている将臣を見て、は安堵感を募らせる。
そして微笑む。
この平穏がずっと続いてくれるといい。
「あはは、それは清掃委員さんがやってくれるでしょ。大丈夫だよ」
「お前な、いっつも『大丈夫』なんて思ってたらマジで当たっちまうぞ?」
「そんなこと無いよ。今までだってそんなこと少ししか無かったし!」
「結局あったんだな・・・・・・心もとねぇな」
そんな言葉を茶化すように言ってのけた。
『充実』『安堵』『平安』
これがの日常。
なんだかんだと言いながらも達は学校へ到着する。
だが今日はいつものように譲も一緒に居るわけではなく、不審な目で見られはしたけれど。
何気ないこんな日が、は好きだった。
同じ下駄箱で靴を履き替えて。
同じ階まで階段を上って。
同じ教室に入って、隣同士の席に鞄を置いた。
「まったく…とは、全部同じなんだな。教室とかさ」
「そうだね、今までもずっとそうだったから・・・違和感とか無いよね」
「そうだな。
ま、それが幸せって奴なんだろうな」
意味深な台詞を残して、将臣はいつものように机の上に伏せて寝てしまった。
「あっ!! もう・・・・・・先生来るまでには起きてよ?」
がそう言った直後、担任が現れて全員が席に着いた。
それからは長い授業が始まる。
「次って何だっけ・・・」
「日本史だろ」
「日本史・・・平安時代の後期だよね」
平安時代の後期。
それはまさに達が体験した時代に酷似している。
「きっと私達、平安時代得意になってるよね!」
「まさか、本当の歴史とは違うだろ。アレは」
苦笑いをしながらも、将臣の顔は少しだけ儚くて。
全てを終わらせてから。それから戻ってくると言っていた。
まだ何か戸惑うことがあるのだろうか。
「あの、将臣君。
ごめんね。変なこと言い出して」
「いや、お前が気にすることじゃねぇよ」
そんなことがあった後でも、将臣はいつもどおりに接してくれた。
友達も普段どおり。
もとの毎日に戻ったのだ、と。そう感じた。
「はい、さよならー」
担任のかったるそうな挨拶の声を聞き、は気持ちが高ぶった。
今日は譲が家で寝込んでいるのだから、それ相応の対応をしなければ、と。
そんな乙女の思考をよそに、将臣は普段どおりに話す。
「じゃ、行くか? 」
「そうだね」
「で、どうするんだ?
俺ん家寄ってくか?」
「もちろん」
毎日同じ帰り道なのに、今日はなんだか楽しいような気がして仕方ない。
京ではあんなに長いこと離れていたのだから、将臣が恋しくて。
ただ一緒に居られないことがあんなに辛いことだとは思わなくて。
譲はずっと一緒に居た、といえば可哀想ではあるが、には将臣が大切で。
今はもう、絶対に離れたくない。
「う〜、さむいー・・・・・・」
「おいおい、大丈夫なのか?
そんなに寒そうな声出すなよ、こっちまで寒くなるからな」
「さむいーさむいーさむいーさむいーさむいー」
「あー分かった分かった
ほら」
するとの肩には、大きなコートがかかっていた。
将臣のサイズで、しかもメンズだから当然には大きいけれど、暖かい。
「ったく、感謝しろよ?
俺の大事なコートなんだからな?」
「うん! ありがとう」
「そんなに喜ぶことか?
・・・・・・でもよ・・・俺だって寒いんだからな」
「わぁっ!!」
将臣はの背後からを思いっきり抱きしめていた。
将臣がを抱きしめたところで本人はほとんど暖かくはないのではないか。
そう思えば、将臣の行動はなんだか嬉しいものがあった。
「ま、将臣君・・・寒くない? 背中・・・とか・・・・・・」
「じゃあどうしてくれるんだ?
そのコート、二人で着てみるか?」
「それは無理だと思うんだけど」
「まぁいいや、このまま。
俺ん家まで直行な! 行くぞ!」
たかが『日常』
でもこんなことは今までには一度も無くて。
これは、
きっと新しい『日常』に変わっているんだと思う。
彼となら、きっとなんでもこなせる。
「で。
譲君って熱いくつぐらいあるの?」
「6度7分」
「それって平熱じゃないの?」
「さぁな、あいつは低体温なんだよ」
「ふーん・・・・・・」
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